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当初、”アーク・エネミー”はスウェーデン・デス・メタル・シーンにおいて良く知られているミュージシャンにより結成されたプロジェクトでした。
ヨハン・リーヴァ(JOHAN LIIVA)は当初ヴォーカルとベースを担当しており、80年代後半スウェーデンのデス・メタル・バンド”CARNAGE”で活躍していた人物。”CARNAGE”解散後、自らのバンド ”ファーボウル”を結成し2枚のアルバムをリリースしました。
ギターのマイケル・アモット(MICHAEL AMOTT)はそのヨハンとともに”CARNAGE”の主要メンバーの一人だった人物で、”CARNAGE”解散後イギリスのデス・メタル・バンド”カーカス”に加入、2枚のアルバム『屍体愛好癖』と『ハートワーク』に参加しましたが脱退、その後60年代、70年代ロックを追求したバンド”スピリチュアル・ベガーズ”を結成しました。
もう一人のギタリスト、クリストファー・アモット(CHRISTOPHER AMOTT)はマイケルの弟であり、20歳になったばかりの凄腕ギタリスト。97年6月にソロ・プロジェクトとなる”アルマゲドン”を始動させておりそこでも驚異のギター・ソロを聴かせています。
これら3人にスウェーデンのメロディック・デス・メタル・バンド”EUCHARIST"に在籍しているドラマーのダニエル・アーランドソン(DANIEL
ERLANDSSON)を加え96年10月にデビュー・アルバム『ブラック・アース』を発表しました。
このデビュー・アルバム発表後、リーダーのマイケルはバンドとして”アーク・エネミー”を起動させることとし、メンバーチェンジを行います。ヨハンのライヴでの負担を軽減するため専任ベーシスト、マーティン・ベンソン(MARTIN BENGTSSON)を加入させ。続いてパーマネントなドラマーとしてピーター・ウィルドァー(PETER WILDOER)を加入させました。
これらバンド形態をとった”アーク・エネミー”は97年4月、イギリスのハード・ロック・バンド ”カテドラル”のオープニング・アクトとして来日、プロジェクトではなく、バンドとして活動していくことを証明するアグレッシヴなライヴ・パフォーマンスを披露しました。その後この勢いのままにセカンド・アルバムの制作に突入、『STIGMATA』と題された1年半振りとなるセカンド・アルバムを97年11月に完成させました。しかし、パーマネント・ドラマーであったはずのピーターが突如脱退。ファースト・アルバムで参加していたダニエルが復帰し、新たに2曲をレコーディング。11月に完成していた楽曲とこの2曲を合わせた形で『STIGMATA』を98年3月リリースしました。そのアルバムにともなう再来日公演が同年11月に行われ、ここでも好評を博した彼等は帰国後またもやすぐに次のアルバムの制作に突入。プライヴェートな理由で脱退したベースのマーティンの後任として再結成マーシフル・フェイトのシャーリー・ダンジェロ(SHARLEE
D'ANGELO)を迎え入れ完成したサード・アルバム 『BURNING BRIDGES』が99年5月にリリースされました。同年10月には再来日公演を行い、そのときの素晴らしい演奏を収録したライブアルバム『BURNING JAPAN LIVE1999』が2000年8月にリリースされました。
(続きは近日中にアップします) |